2006年10月
2006年10月31日
“AZUR ET ASMAR” 映画『アズールとアスマール』
書き忘れてたけど、フランスでは、先週10月25日から11月5日まで、12日間のTOUSSAINT(トゥサン)万聖節(11月1日)のVACANCES SCOLAIRES学校休暇。
日本のお盆みたいな意味合いだけど、どちらかというと、ただの子供のお休み。既に寒い地方から温暖な南仏に、と移動する人もいるけど、私たちは住んでるところがすでにそこなので、自宅で過ごす。
“AZUR ET ASMAR”『アズールとアスマール』(CGアニメ)。製作者は、(『KIRIKOU ET LA SOURCIERE キリクと魔女』の)Michel OCELOTミッシェル・オセロで、2004年、フランス・ベルギー・スペイン・イタリアによる製作。カンヌ映画祭でも注目を浴びた。KIRIKOUキリクは日本でも評価されているから、この映画もまもなく日本でも公開されると思うんだけど。
息子がTV宣伝を見て行きたがっていたので(私も)、幼稚園の母子仲間たちと出かけた。使われている言語は、フランス語とアラビア語。(3歳以上の子供向けだから)字幕もないので、アラビア語のときは全くわからなくなる仕掛けで、(アラビア語に戸惑う)主人公に感情移入できるようになっているみたい。ちょっと難しい場面も沢山あったのに、3歳児たちが食い入るように画面に集中していた(1時間39分)。
物語は、『中世のフランスのどこかのCAMPAGNE田園地帯。領主の息子(金髪で碧い瞳の)AZURアズールには生まれた時に、既に母はなく、北アフリカ出身の乳母が(黒いカールした髪で黒い瞳の)その息子ASMARアスマールと一緒に世話にあたった。同じものを食べ、喧嘩しながらも仲良く兄弟のように幼少期を過ごすが、やがて別離を余儀なくされる。成長したAZURが、乳母がよく話してくれた神話“LA FEE DES DJINNS(海の反対側の世界の)妖精の神話”が忘れられなくて、太陽の国(北アフリカ)を目指して旅立つ。偶然にも、もう会えないと思っていた乳母との再会を果たし、やはり、同じ夢を追うASMARと一緒に伝説を求めて冒険の旅に出て・・・。』
ストーリーを通して(特に、ラストシーン)、人種平等についてのメッセージがどんどん画面から発されているのを、折しも、“パリ郊外の暴動事件から1年”で、またも火種が噴出しているニュースが絶えないフランスで観ていると、ちょっと複雑な心境。でも、映像は本当にとてもきれい。
ところで、フランスと北アフリカは、こんなに近い。
2006年10月30日
1ANS APRES 暴動から1年
前日の10月27日は、昨年(2005年11月から年末にかけての)フランス全土での暴動騒動のきっかけとなった、アフリカ系の少年2人が感電死した事件が起こった日で、“その日から1年”を前に、この1週間に、フランス各地の都市郊外で放火されたバスは、少なくとも7台。
その、パリ郊外のClichy-Sous-Boisクリシー・スー・ボヮでは、1年かけて、様々な公的サービスの導入などが行われてきたけれど、改革はそう簡単にいかない。
日本でも報道された、“フランスの隠されていた本当の顔”が浮き彫りになったこの事件(多分、対外的には初めて)で、自由・平等・友愛が謳われる国に、実は差別が存在することを知らしめた。
事件の発端は、フランスでは日常的な(よく見かける)、“警察官が、身分証明書の提示を求めた”ことで、この2人のアフリカ系のフランス人少年たちは、何も見せずに、背を向けて逃げ出した。当然、警察官達は追いかけることになり、立ち入り禁止の変電所に逃げ込んだこの少年達は、感電死してしまった。追い詰めすぎたせいではないか、と、最初は、この地区で(すぐにパリ近郊の他の地区でも)、警察官への抗議の暴動が始まり、車が放火された。
同時に、これがきっかけで、アフリカ・アラブ系移民への差別の実態や、彼らの多くが住むCITEシテと呼ばれる(パリだけでなく、フランス全土の)各都市郊外の、低所得者層地区に居住する若者達の就職困難な状況への不満などが一気に噴出して、暴動は全国に広がり、11月末までに焼かれた車が1万台を超える非常事態となり、フランス政府も、未成年者の夜間外出禁止令発令などをはじめ、最終的には雇用差別の見直しなどを約束して鎮静にあたった。
どんな経緯で変電所にまで逃げ込まなくてはいけなかったのかは、未だに藪の中で、どちらにしても、ある種の緊張感とともに10月末を迎える中で、昨年ほどではなくても、決して静かな1年目ではなかった。
パリから見たら遠い南端のここマルセイユは、フランスでは1番、アフリカ・アラブ系の移民が多く住む都市でありながら、昨年の暴動の時には、取り立てて危険なこともなく過ぎただけに、今回のこのニュースには皆、驚かされている。
事件が起きたのは、マルセイユの北、やはりCITEシテと呼ばれる地域との境で、少年達が、突然1台のバスに乗り込むなり、10数人はいたバスの乗客達に降りる暇も与えずに火を放ったというもの。他地区で既に起きている事件では、とりあえずは中の人たちを降ろしてから放火しているのに対して、今回のは、あまりにも残虐で、当然、RTM(バスだけでなく地下鉄も)の運転手の組合は、ストを開始している。
(写真はFIGAROの記事で)
2006年10月29日
FOIE ET GESIER DE VOLAILLE 鶏レバー・砂肝
10代の頃、貧血気味に効くからと、レバーとニンジン料理をまめに食べさせられて、一時はなんだか病人メニューみたいで嫌だった。
ところが、バブルの頃、いろいろ美味しいところに連れて行ってもらったお陰で、ほんとうに美味しい生の『レバーや砂肝』に出会って、以来やみつきに。でも、随分、ご無沙汰。フランスには、まだトリ刺しは上陸していない(と、思う)。
フランスのマルシェでも、鶏肉屋でも、もちろんレバーも砂肝も売ってるから、一応探したけど、「生で食べられる?」と訊くと、変な顔で聞き返される。真面目な顔で、「日本人は魚しか食べないから(と、思っているフランス人は、意外といる)、何でも生で食べられると思ってるかもしれないけど、生は牛肉のタルタルだけだよ」と教えてくれた、親切な店主もいるくらい(「魚だけじゃなくて、猿の脳みそも食べるのよ」と言ってみようかと、思った・・・この“猿の脳みそ”話はまた改めて)。
さて、生で食べる勇気も、自分で調理処理する技術も、まだ、ないので、もっぱら加熱した簡単メニューばかり。
<RECETTE レシピ 2人分>
PATES AU FOIE(ou AU GESIER)DE VOLAILLE
鶏レバー(または砂肝)のパスタ
(材料)鶏レバー(または砂肝) 300g、ニンニク お好みで(私は3片)、パセリ、オリーヴ油、パルメザンチーズ・塩胡椒 少々、生パスタ(タリアッテレ) 300g
(作り方)
〃椒譽弌次覆泙燭郎輯痢砲髻▲好薀ぅ好縫鵐縫と一緒に、鴨の脂(フォアグラ缶なんかについてるやつ:捨てないで冷蔵庫で保存して、ポテトなんかを炒めたり、オムレツに使っても美味しい)でフライパンで中弱火で20分ぐらい(かけっぱなしで、数分に一度裏返すだけ)。 *スーパーで、予め、この鴨脂つき状態で真空パックに入ったのが、安価で買える。
◆‖臚蕕貿湯を沸かしておき(塩・オリーヴ油少々入れる)、生パスタを茹でる(3分ぐらいのはず)。
茹で上がったパスタに、 別分は除く)を混ぜ合わせて、パセリ・パルメザンチーズを散らして出来上がり(塩・胡椒もお好みで)。
SALADE DE FOIE(ou DE GESIER)DE VOLAILLE
鶏レバー(または砂肝)のサラダ
(材料)鶏レバー(または砂肝)300g、ニンニクスライス お好みで、パセリ、塩胡椒、サラダソース(オリーヴ油 スープスプーン3、フランボワ−ズ酢 スープスプーン4、マスタード・塩・胡椒少々)、お好みのサラダ・野菜など
(作り方)
は、同じ。
サラダ(レタス・ルッコラ・ロケット・チコリ・エンダイヴなど:フランスのスーパー
だと既に洗ったのがパック入りで売ってる。日本でも、この夏、見かけた)
サラダを、ドーナツ型にお皿に並べた中央に、火の通った鶏レバー(または
砂肝)を(油分を除いて)入れる。サラダの上には、ゆで卵、トマト、きゅうり、アス
パラガス、コーン缶、茹でたジャガイモなどをのせてから、ソース(オリーヴ油、フ
ランボワーズ酢、マスタード・塩・胡椒少々)をかけるだけ。
パスタにしてサラダを添えても、サラダを主菜みたいにしても、どちらも手がかからないので、両方同時に簡単に出来る。ちなみに写真は、先日、夫はパスタを食べたくて、私はサラダ、と意見が分かれた日のもの。+Vin Roseロゼワイン(BANDOL La suffrene 2004)。
* 子供には、別メニューで、スパゲッティ・カルボナーラ(こちらはグルテンなしのとうもろこしと米でできたスパゲティ)+卵黄・生クリーム・ベーコン・パルメザンチーズのソース)。付け合せは、スライスきゅうりとアスパラとコーン缶(塩少々)。
2006年10月28日
DECALAGE HORAIRE 時差
フランスにも、夏時間と冬時間があって、年2回(3月と10月の最後の日曜)に時間が変更される。夏時間の今は、日本との時差は7時間。でも、今週末からは冬時間に切り替わる(+1時間)ので、時差8時間になる。
(*写真は、うちのあたりで見かける唯一の秋の香り、“紅葉”)
聞きかじりの話だけど、人間の体は時差6時間を超えると、調整がしにくくなるので、1時間につき1日時差ぼけすると考えた方がいいらしい(頭がぼーっとするとかだけじゃなくて、胃腸のリズムにも)。だから、日本に一時帰国する前1週間は、子供が対応しやすいように、毎日生活時間を少しずつずらしていって(数時間だけでも時差を縮めてみる)、夕食を軽く、朝食はしっかりに切り替えるようにしている。
ちなみに、この、一緒に年に2、3度は日本を往復している息子(3歳半)によると、夜遅いパリ発便で、翌夕に日本到着より、『お昼の飛行機(で翌朝到着)の方が、(機内でも)楽しいし、着いた夜いっぱい眠れる』らしい。この春に夜便を利用したところ、こう言うので、夏は昼便にしたら満足していた。
さて、時差の変更は、この日曜日(10月29日)。正式には午前3時の時点で2時に切り替えるらしい(メトロとかバーの営業時間に影響が出ないように??)けど、いつもきっちり気にしたことがない(寝る前に、予め時計の針をずらしておくか、忘れて寝たら翌朝思い出したとき)。
最初にフランスで暮らし始めてすぐに、この時差の日があったので妙に緊張して備えてたところ、翌夕、近所の食料品店で「え〜、今5時じゃないの?」と大声を上げてる人がいて、無頓着なフランス人もいるのかと安心した。で、こういう人は、決して珍しいわけでもなくて、毎回、見かける(カフェなんかで、店主に「もう時間変わっちゃってたんだっけ〜」と尋ねる人(待ち合わせしてたらしい)、とか。
話は全然変わるけど、新進ミュージシャンのクリップWEBメールを貰った。レトロっぽいアコーディオンの優しい演奏。まずは[ENTREZ]をクリックして、画面が切り替わったら、画面右下の、ベージュのラジオをクリックすると、数曲(歌入り)聴ける。画面のミュージシャンを動かす(歌なしの短い再演奏だけ)なら、赤いソファをクリック。
秋の夜長にどうぞ。
2006年10月27日
PARIS PRATIQUE 携帯に便利なパリの地図
先週、モンマルトルのこと(ダリとかアメリ散策とか)を書いたら、「地図はどこで手に入れたらいいの?」という話になった。
『Paris Pratiqueパリ・プラティック』(写真)という、パリ市内の詳しい地図の冊子があって、KIOSQUEキオスクという(日本みたいでしょ?)駅売店で、簡単に買える(空港でも、街中の通り沿いにも、あちこちにある)から、日本から到着した足でこれを買えば、お札もくずせて一石二鳥なのでお勧め。4ユーロ90(今日のレートで約750円)。
METRO地下鉄やBUSバスの路線図入りで、フランス語を話さない人でも、アルファベットを読めば、十分フットワークよくいける(パリの通りは、片側が奇数、反対側が偶数で規則正しく並んでいるから)。
パリジャン・パリジェンヌも御用達のこれは、ARRONDISSENENT地区ごとのページ構成で、番地入りで通りの名前や一通の方向などが細かく表示されているもの。アルファベット順での通り名索引ページもあるので、どのARRONDISSEMENT地区かがわからなくても、住所から検索できる。
初めて行く場所、友人知人宅訪問の携帯必須品。パリの住人だって、道端や駅の出口でで立ち止まって眺めていたりするので、これを手にしていたから旅行者とわかって危ない目に遭う、という類のものでも、ない。パリジャンの夫も、上着のポケットに突っ込んで出かける機会は少なくない。
みんな、結構、古いのをそのまま使ってたりして(パリは、大型都市開発もないし)、私のも2000年版。だけど、別にメトロも増えてないし、不便はない・・・と、書きながら、よーく見てみたら、『電話番号案内』とか、細かい情報が随分変わってる。高いものではないので、やっぱり新しいものに買い直さないと・・・ですね。最新版は2006年版。
パリ市内じゃなくて、郊外のほうまで必要だとか、交通網なんかをもっと詳しく(バスだけ・バスとメトロと併用)という場合には、他にも多種出版されている。
<出版元>Editions Charles Massin
16-18 rue de l'Amiral Mouchez 75686 Paris cedex 14
Tél. : 01 45 65 48 48 - Fax : 01 45 65 47 00
2006年10月26日
“POLTERGAY” 映画『ポルターゲイ』
朝、車のラジオで、いきなり“ラスプーチン〜♪”と(やけに古い曲が威勢よく)流れ出して、何ごとかと思ったら、今日(25日水曜)から公開の映画の宣伝。これが、“いかにもフランス”のコメディ映画で笑えるので、ちょっとお知らせ。
タイトルの“POLTERGAY ポルターゲイ”は、超常現象のポルターガイスト(フランス語読みでは、ポルター“ゲイ”ストになる)に引っ掛けてて、ゲイの幽霊達の棲みついている家を買ってしまったカップルのお話。
ゲイは、フランスでは結婚こそ認められていないものの、法律上で、生計を共にする“カップル”としての申告が可能になっている。それでも、面白くいじるのは日本同様で、ゲイを題材にしたコメディは結構ある。
ストーリーは、『MarcマークとEmmaエマという若いカップルが、(30年誰も住んでいなかった)家を購入。でも、そこの地下は、かつてゲイの“ディスコ”(時代を感じさせるでしょ?)。1979年4月29日午前2時、演出のスモークに引火し、コッパ微塵の大惨事となり、踊っていた5人の遺体が遂に発見されないまま・・・そんなわけで、その家には、夜遊びが生きがい(?)で、人をおちょくる、5人の“ゲイ”の幽霊が棲みついていた。
“ゲイ”の幽霊らしく、男のMarcマークにしか見えない。当然、それが火種になって、Emmaエマは出て行ってしまう。精神医に相談すれば、それは『Fantasmeファンタズム:夢想』(Fantomeファントム:亡霊、に引っ掛けてる)で、潜在的ゲイと診断されるしで、すっかり意気消沈の彼に同情した幽霊たちが、Emmaエマが戻るよう助けに乗り出す』という単純なものだけど、この“事故が起きた時代設定”が、ちょっと懐かしい世代にとっては、このRASPOUTINEや、挿入歌のBORN TO BE ALIVEに妙に反応できて、ビデオクリップを観るだけでも楽しいと思うから、覗いてみてね。
クリップは、Lecture en cours だけじゃなくて、その下のPlus de contenusと全部で8種類楽しめるし、Karaokeカラオケや、les….ダンスの振り付け(昔懐かしい、全員同じステップ)のクリップもクリックしてみて。
監督は、Eric LAVAIN エリック・ラバン、主演は、Clovis CORNILLAC クロヴィス・コーニヤックとJulie DEPARDIEU ジュリー・ドパルデュー(父親はGerard DEPARDIEU ジェラール・ドパルデュー)。日本での公開は未定。
2006年10月25日
DOUDOUS ET TETINE ヌイグルミとおしゃぶり
育児の違いはいろいろあるけれど、育児書で、一番びっくりしたのが、3ヶ月児の特長と問題と対策。
「この時期、急に食欲が落ちてミルクを欲しがらなくなったり、機嫌が悪い、泣く、といったことが続いても、心配要りません。お母さんが仕事に行ってしまうので『見捨てられたような不安』と感じて、当然の反応です。いずれ慣れます。」・・・・・・出産後、母親がすぐに職場復帰する前提で、書かれている。
母子隔離、というのか、『へその緒は、一刻も早く切れ(早く自立させろ)』というのが、フランスの育児の基本理念。“母子”という単位の概念は、存在しない。母親とばかりいると、自立心が持てなくなるから良くない”んだという。
一方で、父親・母親の平等の権利から、祖父母の権利まで、フランス人の育児は、なんだかとても杓子定規に出来ている。それも、大人の側から都合よく出来ていて、子供の情操はあまり鑑みていない。自立なんて、寝室を別にしたぐらいで、そんな簡単に出来るものとも思えない。
というのが、フランスの育児と切っても切れない、(知る人ぞ知る)DOUDOUS(ドゥドゥ)ぬいぐるみとTETINEおしゃぶり(本来は、哺乳瓶の飲み口とか、乳頭、の意味)。
幼稚園が始まって、もう2ヶ月近く経つのに、いまだにこの2つ(またはどちらか)が離せないまま通園している子達は、どこにも結構いる。
小学生でも、教室には持ちこまないものの、手(口)にしている子を道で見かけるし、お迎えの人(母親、祖父母、父親、またはNOURRICE保育ママ)の手から、すぐさまDOUDOUSを受け取って抱きしめている子供は1人や2人だけじゃない。
乳児のうちから、1人で早く寝つかせるためのTRUC秘訣とされているのが、この2つ。それが、そのまま、手放せない子も少なくない(おしゃぶりを手離せないというのは、卒乳してないのと同じだと思うんだけど・・・)。
日本でも、『愛情不足で育つとキレやすい』とか、『たくさん抱きしめてあげてください』ってCMもあったけど、今度フランスの映画やドラマを観るときには、キレる大人ばっかりなのを確認してみてください・・・って、ちょっと言い過ぎ??
2006年10月24日
L'ORIGAMI 折り紙
L’ORIGAMI(ロリガミと読む)折り紙は、世界のどこにいても、紙1枚で簡単に出来る、人を喜ばせる日本の伝統文化(お家“芸”?)のひとつ”。で、これが意外と海外で知られている。
フランスでも、折り方本もいくつも出版されている。日本人とわかると、まず聞かれるのが「寿司」と「折り紙」が出来る?か。どちらも、フランス人には自力で学ぶのは難しいらしくて、太巻きの(料理)講座とか折り紙教室は、密かな人気があったりもする。
うちの3歳児も、折り紙が大好き。本人は、これは遊びではなくて勉強だと思っている(日本人以外では出来る人をほとんど見かけないし、目の前で折って見せると、奇跡でも見たかのように驚かれるので、日本人にしか出来ない、すごい特殊技術だと思っているらしい)。
ハーフの子は(意外と少ない:今の幼稚園では、年少25人中1人だけ)、その子の持つ外国人の部分を、否定される機会も少なくないのに、この学校では、母親の私が母国語(日本語)や文化を教えていることを褒めてくれる先生たちばかりなので、息子はとても伸び伸びしている。園長先生も日本式幼児教育にも積極的な関心を示してくれるので、私も心地いい。
そんなわけで、息子と用意したのが、きりん、ぞう、いるか、せみ、船、そして鶴など12点。先生は大喜びしてくれて、「次回は“赤”なのでよろしく!!」。
日本の幼稚園なら、折り紙や薄紙の花や色々なものを作って飾るのが当たり前なのに、国が異なるとこんなに珍しがられる。芸術の国・フランスで、折り紙は、東の果ての“日出ずる国(le pays du Soleil-Levantと呼ばれている)”から来たエキゾチックな工芸として愛されている。
2006年10月23日
MEDICINS SANS FRONTIERES 国境なき医師団(マルセイユ)
フランス人と(時には、夫とでさえ)、『当たり前のこと』感覚が違う話は何度も書いているけれど、日本人の私にとっては、道での物乞いは“よっぽどのことだろう”なんだけど、フランスでは日常風景のひとつ。
ペルーやブラジルでは、食事しているテーブル脇に子供が来て、よだれをたらさんばかりに立つ。こちらの方が切なくなって小銭を与える(日本人なら、多くがそうすると思う)と、木や物陰に隠れていた母親の元にパーッと笑顔で走って手渡しに行くので、『稼ぐための演技』なのかと、複雑な思いにさせられる。
南米のパリといわれるブエノスアイレスも、決して皆が豊かなわけではない。一番印象的なのは、幼い妹を背負った10代の少年にまで「アンタ達外国人は、俺達の国を利用して儲けてイイ思いしてるんだから、こっちにも寄越せ!」と、物乞いというよりは強制されたこと。ちょっと、ムッときて、「私の夫は公務員だから、この国からは1銭も貰ってないのよ!それに物騒だから、私は小銭もないの」。本当に、いつも徒歩の時は、財布は持たなかった(実は、強盗対策用に−何も持ってないと危害を及ぼされるので−100ペソ札1枚だけ、隠し持ってはいた)。それでも、しょっちゅう同じあたりに立っていたので、出会えば挨拶を交わすようになって、後日、お金ではなくて食べ物を渡したら、笑顔を見せてくれた。
息子に、(貧困というのは、まだわからないだろうから)せめて“物を無駄にしないこと”を教えたくて、洪水などのニュースを見かけると、世界は平等にできていないと話していたら、『おうちの無くなっちゃった子に送ろう』と言って、おもちゃを片付け直した。お気に入りだったものだけは、身近な年少の友達にあげたいと取り置きしながら、実に気前良くまとめた(…でも、家を失った子におもちゃを送る矛盾は、まだ説明しそびれている)。
先日、繁華街で“国境なき医師団”の募金活動に出会った。路上に貧しい国の写真の展示をして、横に停めた大型バスの中で詳しい説明をするというもの。私は、何か印刷した書面を欲しいといったんだけれど、バスの中で他の資料も一式見せた上でないと渡せないという。
医師団プリントのジャケットを着た数人のスタッフが、外のテーブルでのんびりコーヒーを飲んでいる(多分、バスの中には誰もいない)。1回限りのものではなくて、毎月幾らという契約をするからというけれど、いくら有名な団体名といっても、バスの中に入って話を聞く(日本だと、こんな形はとらないで、街頭で呼びかけてると思うんだけど、フランスだと騒音扱いになるんだろうか?)勇気はない。
(エステのお試しキャンペーンをした後で、何も契約しないで帰るより、遥かに断り難い気もするから)
知人で、別の国で、何10人もの子供の学費を丸抱えされた方がいる。自分もいつかはそうありたいと、遠い姿を拝みつつ、今のところは、飛行機に備え付けのユニセフの封筒にありったけの小銭を入れるぐらいが精一杯。
2006年10月22日
TELARAMA テレビ番組ガイド
TELERAMA(テレラマ)テレビ番組ガイドは、番組案内の他に、映画・文化イヴェント・書籍・劇場・音楽・インターネット、そして時事ネタまで、と豊富な内容なので、フランスの今日現在を知るには、とてもいい教材になると思う(週刊、2ユーロ)。
その今週の表紙を見て、びっくり。日本語が踊り、鉄腕アトムもいる(うちの3歳児が「クレヨンしんちゃん」も発見!して、中を開いて「なんで中はフランス語なの〜?(字はまだ読めないけど、違いは判別できる)」と、がっかりしてた)。
特集は、MANGA ET B.D.(漫画とB.D.)。B.D.というのは、BANDE DESSINEEの略で、本来は漫画と訳される。日本の漫画はB.D.japonaisといっていたのが、近年、MANGAマンガで通るようになって来た。確かに、装丁がB.D.は、A4判(か、より大きい)のハードカバーで中身もカラーで薄い。それに対して、MANGAは、サイズも小さめ、紙質も劣るしモノクロで分厚い。活字の書籍から見たら同じだけど、芸術的(?)観点からは、違うジャンルのものらしい。
この特集記事によると、欧米、特にスペイン・ドイツ・イタリア・ポルトガルでは、MANGAの売り上げが、他の全B.D.のそれを超えてしまった。フランスでは、B.D.が、やや優位を保つとは言え、6対4まで追い上げられている。一方で、(MANGAの本家)日本では、逆にマンガの需要が下降しているという(原因は、TVゲームや、携帯電話の普及)。
…確かに、電車内でマンガを読んでる人をあまり見かけなくなったし、皆、“電話より携帯メール“が当たり前になってて、びっくり(昔、ジーコが鹿島の監督に就任した時、インタビューで日本の感想を聞かれて「近未来みたいだ」と言った気持ちが、しみじみわかる)。
さて、テレラマでは、1938年に最初に作られたSPIROUというB.D.のキャラクターを取り上げている。日本のオオシマヒロユキという漫画家が、フランス人の(ストーリー)原作者と組んで、このキャラクターの完全なマンガ版・スピル-を日本で出版し始めた。同時に、フランスでも、SPIROUの新刊“ALLER SIMPLE POUR TOKYO”(東京行き片道切符)が出た。更には、同時期に、このオオシマ氏のマンガバージョンでの“LE GUIDE DE L’AVENTURE A TOKYO”(東京探訪ガイド)もフランス語版で、という、新しい試み。
記事の結びとしては、フランスも日本も、今までのB.D.や漫画それぞれの形に固執してたら頭打ちなので、双方、いいところを出し合って、より良い第3の形を創り出すべき時期かも、というもの。(ちなみに、1990年代に既に講談社が試みたものの、時期尚早だったらしい)
2006年10月21日
BERTHILLON ベルティヨン
心優し〜い東京の友人が、それはそれはきれいな手の込んだ秋の味覚の会食膳の写真メールをくれた(便利になるのも考えもの)ので、画面の前でお預け状態(悲しいけど、楽しい)のままでいるか、ゴミ箱に潔く捨てるか迷ってるとこ・・・。さて、リベンジに、なかなか適当なものが見つからないまま1週間が過ぎた。セップやきのこ類はこちらでも秋の味覚だけれど、マツタケには敵わないし、ね?
苦し紛れではないけれど、パリの美味しいもの話で思い出したのが、BERTHILLON ベルティヨン。ガイドブックでも散々紹介されているパリ1美味しいと評判のアイスクリーム屋さん。
L’ile de St.Louisサンルイ島にある本店支店の他に、パリ市内(75)と近郊(77.92.94地区)のいくつかのショコラティエで密封プラスティックパックに入ったものも売られている(ちょっとだけ割高になるけれど)から、来客時にはそちらを利用するほうが便利かも(但し1時間以内のお持ち帰り用)。
ベルティヨンの自家製アイスクリームは、美味しいだけじゃなくて、とても手がかかっている。3代続くこの店は、材料にとても気を使っていて、牛乳は前の日の搾り立てのものを翌朝店に運んで、その日のうちに使い切る。果物は厳選しているし、カカオはコートジヴォワールと南米産のもの、ヴァニラはマダガスカル産、そして当然、合成添加物は一切使用していない。Glaceアイスクリームは35種類(普通のヴァニラから、お酒風味のものまで)、Solbetシャーベットは28種類。Salon de Theも併設している。
そして!!! アイスクリームケーキも、ある。写真上は、Vacherin aux fruits rouges(10-12人用)。下は、Glace Tatin(8人用)。最寄は、メトロ7号線のPont Marieポン・マリ−だけど、St.Michelサンミッシェルあたりから散歩、もお勧め。
「自分だってマルセイユだから、行けないでしょ?」とつっこみたいでしょうが、来週水曜日から、全国的に10日間のVacances Scolaires学校休暇。フランスはヴァカンスばかり。
<Berthillon 29-31,rue St.Louis en l'ile 75004 Paris(Tel.:01 43 54 31 61)
10時-20時 月・火曜日定休>
2006年10月20日
AMUSE-GUEULE 南仏の酒のつまみ
南仏の酒のつまみって、どんなの??ってメールを貰った。そう言われてみると、パリと南仏は食だけじゃなくて、酒のつまみも、違う。
一番、顕著なのは、やっぱり夏のヴァカンス時。採れたての新鮮夏野菜や果物が、南仏だけじゃなくて隣国イタリア・スペインなんかも美味しい時季だから、生ハムとメロン、チーズとマスカット、ヤギのチーズやモッツァレラチーズとミニトマト・バジルなんかの組み合わせで、ただ切ってピックで刺すだけ。イタリア料理のイメージの方に近いかも??
夏の話はさておき、南仏と言えば、オリーヴ・ニンニク・ハ−ヴ。オリーヴは、緑・黒、大中小と種類さまざま。それが、日本の漬物じゃないけど、色んな味で漬け込まれているのを、マルシェや店頭で量り売りしている。あとは、ニンニクやハ−ヴ・ド・プロヴァンスと呼ばれる乾燥ハ−ヴや、香辛料を豊富に使った魚介類のマリネなんかの前菜類は、スーパーでもお惣菜のように売ってるので、一口だけ食べたいときには、自分で作るより買った方が安い・・・。
マルセイユに住むメリットは、やはり一年を通じて、新鮮な海の幸がふんだんに手に入ること。
魚の目の輝きも、いかの色も、鮮度が抜群なのは素人目にもわかる。いかの皮なんて、ぴーっと手で簡単に剥けちゃうし、いわしも全然生臭くない!!!
でも、この時季、魚屋で山積みなのは、大西洋側から運ばれてくる生牡蠣や、ゆで海老(写真は4日前:上着は要るけど、まだバルコニーで楽しめる)。レモンを搾るだけ、という通も少なくないけど、私はやっぱり、(簡単だけど)ソースも何種類か用意する(だけ、はする)。
<生牡蠣用ソース>
ワイン酢+エシャロット(またはサラダ玉ねぎ)みじん切り
完熟トマトと玉ねぎのみじん切りにタバスコ・レモン汁
醤油・米酢・ラー油(または、ごま油+七味)+ゴマ
<ゆで海老用ソース>
完熟トマトと玉ねぎのみじん切りにタバスコ・レモン汁
マヨネーズ+レモン汁+おろしニンニク
写真では見えないけれど、乾燥トマトとFETAフェタ(チーズ)を、ハーヴや胡椒入りのオリーヴ油に漬けておいたもの(元祖はギリシャ)も、お勧め。材料は日本でも簡単に手に入るし、作り置き出来るから、試してみてね。
2006年10月19日
MONTMARTRE DANS "AMELIE POULAIN" 映画『アメリ』のモンマルトル
もう5年前の作品になるけれど、今でも皆に愛されてる映画“Le Fabuleux Destin D’Amelie Poulain”邦題『アメリ』の主な舞台になったのもMontmartreモンマルトル。
これに使われたCafeカフェやL’epicerie食料品店は、新たな観光名所になっている。Montmartreモンマルトルは、本当にもう“坂道階段坂道階段”の上、道幅が狭いところも多い。急いでるときにはうんざり来るけれど、ゆっくり散策するには本当に気持ちがいい(途中のrue des Abbessesあたりはカフェもレストランも美味しくて、感じもいいからそこで一服してから、という手もある)。
さて、麓(?)の出発点をちょっと(1,2駅)西側にずらして、Metroメトロ2号線のBlancheからにして、『アメリ名所散策』をどうぞ。
メトロの駅を出ると、大きな広場になっているので、北東に伸びるRue Lepicを上ると、
<Le café des Deux Moulins アメリーの働いていたカフェ : 15,rue Lepic>
そのまま、交差しているrue des Abbesses を越えて、rue Tholozeを進むと、
<Le studio 28 アメリーが金曜の夜よく行く映画館という設定 : 10,rue Tholoze>があります。
それから、rue Durantinを右へ曲がって直進すると、2つに分かれるので左のrue Garreauの方にずんずん進むと、通りの名前がrue des trios freresに変わるので、
<La maison Collignon (l’epicerie) 食料品店 : 56,rue des trios frere>に着きます。
このあとは、Place St.Pierreで、Funiuclaireケーブルカーでパノラミックなパリの遠景を眺めながら一気に上がれば、Basilique du Sacre-Coeurサクレクール寺院に無事到着。
まだなら、DVDで、是非観てね!!! ちなみに役者をしている、私の義理の弟達2人の片方が、駅のシーンで出てる(いわゆる通行人、だけど)。
2006年10月18日
MUSEE DALI (MONTMARTRE) ダリ美術館
東京で開催されている『ダリ展』が、先週金曜の21日目で10万人目の入場者を迎えたほどの人気と聞いてびっくり。
天才ダリの作品は、シュールレアリスム(超現実主義)の傑作として、初めて見たのは学校の教科書でだけど、子供の頃は、ただ怖いだけだった。大人でも好きな人は好きだけど、ピカソみたいに万人に愛されているとは知らなかった。
スペイン人のダリが生まれたのは1904年。19世紀末から20世紀初頭にかけて、Montmartreモンマルトルでは、Toulouse LAUTRECトゥールーズ・ロートレック、RENOIRルノワール、PICASSOピカソといったキュビスム派が花を開かせていた頃。ダリも同じ時代に、7,rue Berqueresに居を構えることになる。その後、第二次世界大戦中にはアメリカへ。そして、戦後、UTOLILLOユトリロの未亡人が、ダリにモンマルトルの巨匠として生きるよう勧めたけれど、うまくは運ばなかった。
ところで、そんなわけでパリ・モンマルトルの丘の、ほぼ頂上にあるEspace MontmartreのDALI Paris-Espase Montmartre- ダリ美術館。1000屬痢⊂し明かりのトーンを落してある館内には、300点以上の彫刻・オブジェ・リトグラフが並ぶ。初めてここを訪れたきっかけは、日曜日の朝からひとりで暇だったからで、日本への話のネタ的お土産でも買おうか、ぐらいの不心得だったけど、直接この眼で触れてみて、なんだかとても感動した。特に無造作におかれている彫刻は、無骨だけど繊細な思いがこめられている感じ。
マニアックな人にしか愛されないかもと、わざわざ勧める機会もなかったけど、モンマルトルのついでに時間を作って寄ってみて貰えたら、と思う。
行き方は、メトロ2号線Anversから徒歩、または(Place de St.Pierreから)FUNICULAIREケーブルカー(これが一番カラダに優しい)で。散策を楽しみながらは、メトロ12号線のAbbessesから徒歩。うんと時間があれば、メトロ2号線のPigalleから、MONTMARTROBUSモンマルトル周辺巡回バスも出ている。いずれも、Place du Tertreテルトル広場を目印にするとわかりやすい。
<ダリ美術館 : 9-11 rue poulbot, Espace Montmartre 75018 Paris (電話)01 42 64 40 10 >10時-18時、年中無休。入場料は大人10ユーロ(26歳未満は6ユーロ)
2006年10月17日
CAFE DE FLORE カフェ・ド・フロール
METROメトロ4号線のSt.Germain des Presを出て、すぐ目の前の交差点に、老舗Caféが2軒並んでいる。どちらも、文学者や芸術家、映画人たちに愛され、時代を重ねてきた。とくにサルトルやボーヴォワール、そしてピカソはどちらも愛用していたらしいし、それぞれの店の上の階のテーブルからは、いくつもの名作が生み出されている。
店内は、どちらも革張りの椅子(でも、隣のテーブルとの狭スペースは、典型的なパリのカフェ)で魅力たっぷりの空間だけれど、いつも絶対うんと待たされる夫との待ち合わせ(一時期オフィスがここから徒歩1分だった)には、Café de Flore(のほうが、気持ち落ち着いた感じ)のテラスを愛用していたので、今もどちらかというとこちらに足が向く。
Café de Floreカフェ・ド・フロールの“出現”は、第3共和政時代の1887年。
店名の由来は、通りの反対側に、小さな女神Floreフローラの像があったこと。19世紀の終わりには、この店の1er etage(2階)でCharles Maurrasが“Sous le signe de Flore”を書き上げたし、第1次世界大戦下にあっても、(今日、名を残す偉大な)詩人Apollinaireアポリネール,Aragonアラゴン,Andre Bretonアンドレ・ブルトン達にとって、時間決めの書斎感覚で通ってくる習慣はかわらなかったという。
1930年代に入ると、(今なら時代の最先端スポットというのか)大流行で、画家や作家、映画人という、時代の一端をになう人たちで活気に満ち満ちて、“La nuit de Saint-Germain des Pres”もここで書き上げられた名作のひとつ。
1939年から1945年の第2次世界大戦中(戦争開始年が日本とは違うことに注目!!)に、パリ(を含むフランスの半分が)ドイツの占領下になっていた時でも、なんと、この店にドイツ人が来ることはなかったそうで、(サルトルもボーヴォワールも写真が残っているし)皆、とても自由な雰囲気を楽んでいたという。
ところで、そんな重厚な歴史のあとに何ですが、私のここの楽しみはChocolatショコラ!! 銀の小さなポットに入った濃厚な、まさに液体チョコレートは、軽〜く3杯はとれるので、1時間待たされたとしても、十分間が持つ。ぼーっとしてても気持ちいいし、本もゆっくり読める。
今週、ちょうど、パリ滞在中の友人にも、『1人でのお買い物の休憩ならここのショコラ』と押し売りしているところ(・・・でも、日本にも、東京・京都・大阪・博多って出店してるらしい)。<172,Bld.St.Germain 13006 Paris: 電話01 45 48 55 26>
2006年10月16日
TAKASHIMAYA PARIS パリ高島屋カード
さて、EUに3ヶ月以上在留する邦人対象に、『パリ高島屋カード』(会費無料)があって、これが結構重宝している。
会員になると、すぐにメンバーズカードを発行してくれる(クレジットカードではない)ので、プランタンのオスマン店でお買い物したレシートと一緒に、このサービスデスクに提示すると、10%をその場で返金してくれる、というもの。立ち寄る時間がない時や、カードを忘れてしまった日は、改めて別の日に(3ヶ月以内のレシートが有効)手続きできる。
フランスの消費税は、高い。旅行で来ていた頃は、デタックス(税金分後日返還)が受けられたので得した気分になれたけど、居住者にはこの特典が、ない。プランタンにはいろんなメーカーの店舗が入ってるから、この払い戻しのお陰で、同じものを他より安く買えるのが嬉しい。
メールマガジンや日本への発送のサービス(母の日とか、季節のご挨拶とか)もあるから、パリに住んでいなくても十分利用の機会があると思う。
プランタン・オスマン店以外でも、市内のとらや、フォション、そして、スポーツ用品のシタディウムなどでも提携サービスがある。詳細は、高島屋サービスデスク <電話> 01 42 82 44 39
2006年10月15日
GLACE AU THE VERT SANS BLANC OEUF (卵白不使用)抹茶アイスクリーム
日本人経営の日本食レストランがないからかもしれないけれど、ない。自家製アイスクリームの店もいくつも訪ねて、友人知人にも訊いているけど、今のところ見つけていない。それでも、抹茶はフランスでも人気だし、最近では、「緑茶が健康にいい」とTVのニュースでも報道されているくらい(普通のスーパーでも紅茶のティーバッグに並んで緑茶のティーバッグを売っている)なので、将来に期待してる。
そんなわけで、人間追い詰められると(?)なんでもするもので、試行錯誤しながら(日本のハーゲンダッツみたいな味とはいかないけれど)、うちの3歳児と作っている(私より彼が食べたがって仕方がないので:だから卵白は不使用)。
GLACE AU THE VERT SANS BLANC OEUF
(卵白不使用) 抹茶アイスクリーム
<材料> 抹茶 20g、砂糖 スープスプーン・5杯、生クリーム 500cc、牛乳 100cc、卵黄 2個。
泡だて器でがーっと1分。冷凍庫に入れて30分後にかき混ぜて、また冷凍庫へ。また30分後にかき混ぜて・・・2時間後にはOK.。
SORBET AU THE VERT 抹茶の豆乳ヨーグルトシャーベット
一方で、息子が2歳になるまでは(小麦粉・卵白に加えて)乳製品も駄目だったので、豆乳製品で代用してきた。だから、アイスクリームは無理だったけど、ヨーグルトシャーベットならOK.。材料は、抹茶 20g、砂糖 スープスプーン・5杯まで同じ。そして、豆乳ヨーグルト 500cc。作り方は、同じ。
2006年10月14日
HOTEL FOUQUET'S-BARRIERE あの"カフェ・フーケ”がホテルに!!!
赤いパラソル屋根で有名なCafé Fouquet’sが11月3日(金)にLe Palaceの称号付きの超豪華5つ星ホテルに生まれ変わる(ノスタルジー的には、ちょっと残念)。その名も、Hotel Fouquet's Barriere。<日本語版はこちらからどうぞ>
Les Palacesと敬称されるホテルは、既に他に、Hotel George Vジョルジュ・サンク,Hotel de Crillonクリヨン,Hotel Plaza Atheneプラザアテネ,Hotel Ritzリッツ,Hotel Meuriceモーリス,Le Bristol Parisブリストルの6つがある。
伝統を重んじるパリで、古い建造物の保存には銀行が利子なしで融資する(場合もある)フランスで、よもや新しい豪華大型ホテル(しかもシャンゼリゼで)が出来るとは想像しなかった人は私だけじゃないでしょ??(でも現実です) なんと5つの建物を基にしている。
大理石・皮・金箔をふんだんに使っているこのホテルは、建築家Edouard FRANCOIS エドゥワー・フランソワの設計と、Jacques GARCIAジャック・ガルシアの内装によるもの。
107室ある内、40室がスイート。普通のお部屋で、一晩690ユーロ。530(!!!)屬離好ぁ璽箸楼貳佞韮隠毅娃哀罅璽(パリのアパルトマンがひと月借りられる!!)。このPalaceと呼ばれる超高級ホテルのニーズは増加の一方で、外国人旅行客、特にアジア人、インド人、ロシア人のお金持ちの利用が目立つという。・・・・・で、いつ来る???
* このBarriereグループの、世界の他都市のホテル検索はこちら(英語版)
http://www.lhw.com/property.aspx?propertyid=637&ext=Gfqtbrr
2006年10月13日
ENNUIS DE VOITURE 車のトラブル
もう2週間以上前のことになるけど、ある朝、夫が「路上に駐めておいた車の窓ガラスが割られて、鍵が開けられていた」と、興奮して電話してきた。石かなにかで小窓をやられたらしい。
「ざっと見たけど、チャイルドシートもCDもあるし、何も盗られてないようだから」と、そのまま会社に向かってしまった。警察には届けなくても、保険(最悪まで想定したのに入ってる)で、10ユーロだけの免責負担で直してもらえた。
保険には、よくお世話になっている。ある晩、自宅前の路上に駐めていた愛車の側面を、近所のパーティー客が帰り際にズズズーっとこすっていくのを、バルコニーで見た夫が、すぐに大声をかけて駆け降りたけれど(当然のように)逃げられた。運良く、階上の夫婦も一部始終を見ていたので、警察への届けの証人になってくれた(車種も色もナンバーも符合した)・・・ところが、持ち主の年配マダムは「そんなところには行ったこともない」。なんとその晩は、一緒に他所にいたという反証をしてきた。目撃者がいても、本人が認めない限り、警察ではなく裁判所の扱いになるらしい。ひと月経っても、あくまでもシラを切るマダムに、なんとうちの保険会社が折れてくれて、修理費用を負担してくれた。
私がハンドルを握らないままの理由は、マニュアル車をマルセイユで操る自信がないこともあるけど、アクシデントの多さ。そして、ナンバープレートがパリなせいで、余計なトラブルにも巻き込まれるから。
うちのあたりはシックな地区だけど、運転マナーは酷い。縦列駐車している車が発進するのに、バックミラーも見ないでガッと出て、後ろから突っ込まれたのを何度も見ているし、青信号の横断歩道を渡っていて轢かれそうになったことも、きりがない。キレイにしている年配マダムほど逆切れ度が高い(きっと太刀打ちできない、と思う)から、関わらないに越したことはない。
さて、駐めていたという通りを見に行ってみたら、やっぱりズラーっと並ぶマルセイユナンバーは無傷。1台あったニースナンバーだけが、きっちり(うちのと)同じ箇所が割られていた。どうしてか知らないけれど、他府県ナンバーへのこういう嫌がらせは結構見かける。
窓が割られたなら、いっそ、何か盗られていたほうがすっきりするのに、ね。
2006年10月12日
DEJEUNER A CASSIS カシでランチ
マルセイユ近郊には、小さな港町がいくつかある。一番近いのは、東に約25kmのCASSISカシ。小さい街といっても、不動産の平均価格なんかはマルセイユより高値がついている。
別に何か目的がなくても、ふらっと午後から出かけて散歩したリ、食事したり、運転できたら(マルセイユから30分ほどだから)しょっちゅう午後を過ごしたい(ただ電車の駅から市街までは距離があって、バスも頻繁ではないので、一見さんが住むには少々不便な)葉山みたいなところ。家庭用品なんかも、洒落た物が一通り揃ってて、典型的なプロヴァンスの陶器からアンティークの家具まで、小さな店が立ち並ぶ。
パリで暮らす夫の両親はもう定年していて、2、3ヶ月に一度は必ず、南仏に2〜4週間単位でリゾート物件を見つけては、ヴァカンスと称してご近所生活をしに来る。今回は、スープは冷める距離だけれど、突然CASSISに3週末来たので、マルセイユの我が家でばかりより、折角なので2週目の日曜はこちらが出向いて、休日でも賑わうこの港町で過ごした。南仏の海岸ではまだどこでも水着姿を見かける。
CASSISはマルセイユと違って強い風もないので、港から裏手に5分ほど坂道を上ったところにいくつか立ち並ぶ、小さなホテルも兼ねているレストランのひとつのテラスを予約しておいて、ゆっくり昼食を摂った。南仏料理で有名な LE JARDIN D'EMILE。息子の食物アレルギーについて、予め厨房に相談して、温野菜と魚の特別メニューにしてもらう(子供用コースもある)。
観光地には美味しい店がないとよくいうけれど、確かに料理はパリでのように飛びぬけた驚きに出会うことは滅多にないかわり、青い空の下、きれいな空気と潮風の香りと、が南仏の食卓の醍醐味。
CASSISは白ワインとロゼワインの美味しいものが揃っている。ロゼはどちらかというと季語(?)が夏になるので、白を楽しむことにして、前菜はイチジク風味のフォアグラ、そしてメインは魚。以前は、フォアグラにはソーテルヌ(甘口の白ワイン)、と教科書通りにしていたけれど、この頃はなんだかリラックスして、好きな辛口の白やシャンパンとの機会のほうが多い。CASSISの白は、CHABLISシャブリみたいなきりっとした辛口ではないけれど、甘みも酸味もきつくなくて、テラスの昼食にはぴったりだった(でも、自分で頼まなかったので、CASSISのどの白なのかは覚えてないので、ワインの詳細はまた今度)。
2006年10月11日
ETRETAT エトルタ
10月9日付の西日本新聞に、『8月8日のフランスの新聞FIGAROフィガロ紙で、日本人観光客に対する批判記事が掲載された』とあった。『日本人の団体観光客は昼頃来て、名物の大きな岩の写真を撮るだけでさっさと帰る。石は記念に拾って行くし、マナーもなっていないので地元の人は迷惑していて、その時間には家に隠れると言っている』というもの。でも、『裏を取ってみたら、そんなことを言ってるのはたまに来る別荘利用者だけで、(日本人はいい観光財源なのに)街としてはそんなことは言ってないし、今後もどんどん来て欲しいと言っている』というのが、西日本新聞の確認した内容。フランスに敬意を表してか、『ヴァカンスが長いフランス人と、短い日本人の旅行の仕方の感覚の差による誤解かも』という見解も載せているけれど、日本人に嫌味を言う本音のところは『お金持ち日本人旅行者』への嫉妬なだけ、と、私は思っている。
で、この『別荘族』がというと、なんだかやんごとない人達のようだけど、本当のオーナー避暑家族ではないと思う。別荘所有者はもちろん日本同様いるけれど、国土の広さが全く違うから、ヴァカンスはいつもいつも同じ場所で、という人はあまり聞かない。一般的には、賃貸物件利用者が大半なのが現実のフランスのヴァカンス。雪が解ける頃には夏の、夏が終わりかければ冬のヴァカンス用賃貸物件やクラブと呼ばれる各レジャー施設の情報誌が発売になる(専用検索サイトもある)。春が終わってからでは、お得な物件は残っていない。自分達がヴァカンスに出る間、自宅を賃貸に出すというケースもよくある。『00に行きたいから、お金と有給を溜めていく』日本人の時間とお金の使い方は、『ヴァカンスは、どこかにいかなければいけない』フランス人には理解できない。
今年も8月の終わりに、パリの旅行客に対するアンケート結果がニュースで報道されていたけれど、やはり宿泊費・飲食費の支出で共に世界のトップはダントツで『日本人観光客』。フランスに生まれながら、パリに行かずに一生を終える人だって少なくないのに、日本人は全員来るかのように見えるから、それを面白く思わない人もいる。
でも、そんなことを気にしないで、パリを、そして地方にも駆け足でも、行って欲しい。ETRETATは、電車だとパリのオーステリッツ駅からLE HERVEに行って、乗り換えないといけないし、車でも3時間近くかかったと思う(パリから220km)。でも、ツアーバスも出ているし、日帰りでいけないこともないから、なんと批判されようと『一見の価値』のある風景を逃さないでね。
1泊していけるなら、是非行って欲しいレストランが、海岸に面したL'HUITRIERE.。ここのMENUコースにあるFruits de mer en abundance avec 1/2 Homard Breton froid,Caviar et Vodka(92 euros par personne)海の幸の大盛り合わせ・オマール海老半身・キャビアとウォッカは、文字通り大量で、翌朝もすぐに動けないぐらいに美味しい。1人92ユーロ(ワインは別)。空の色と一緒に海岸の岩場の色が変わっていくのを眺めながらの、このボリュームのディナーは頭が空っぽになってストレスも消え去る(とりあえず、朝まではね)。
ただ、ノルマンディーは寒いので、やはり夏がお勧めだけど。
2006年10月10日
ROMAN JAPONAIS 日本の小説
ところで、ROMAN小説もB.D.漫画も、その国の習慣や生活感覚・感性といったものを実によく現している(『サザエさん』なんかも有名、だけどフランス語版はない)。日本語をほとんど話せない夫にとって、フランス語訳された日本の小説や漫画は、とりあえず日本を知るためのいい媒体になる。
日本は男尊女卑だとか、座るとお酒を注いでくれるしお風呂で背中も流してくれるという、SHOGUN映画(?)で植えつけられた、誤った日本のイメージが海外に普及してしまっているので(さすがに、彼もここまでは信じてなかったようだけど)、日本では夫の給料も多くの妻が握ってるし、ゴミ出しだって一般的には夫の係りだといっても、私が(自分を正当化するために)嘘をついているだけで、日本の大半の家庭では今も男は家事をしないと思い込んでいる(駐在してた日本人のご主人に『ゴミだし』の件は確認して、それでも私たちが口裏を合わせてると言って信じない)。
そんなわけで、公文書(ではないけれど)、彼の読書の半分は(真実を語る?)日本の翻訳物。
村上龍の世界に驚き(これは私もだけど)、『サラリーマン』という言葉を覚え、私の青春(?)バブルの日本を林真理子ので覗いてもらった。
でも、ある時、知ってもらわなくてはいけないのは『現代』の日本ではなくて、もっと根っこの部分だと思い直した。私たちが、祖父母から両親から、学校で会社で、教わるとはなしに自然に触れてきた歴史。例えば、この前のポツダムの話。ポツダム宣言のことを知らなかったフランス人の夫に、(祖父母のことを思いながら)話したら、すぐさまの一言が「日本人はヒトラーと手を組んでたことを恥じるべきだ」。・・・・・この発言で、家庭内国際紛争勃発。
もう随分前に『火垂るの墓』も見せたし『はだしのゲン』も2巻一気に読ませた(3巻4巻が在庫なしで中断)けれど、絵空事でしかないみたい。それより、横溝正史の『八墓村』にはまったようで、いろんな人に勧めている(実話がベースらしいから、歴史ものといえないこともないけどね)。
2006年10月09日
B.D.(BANDE DESSINEE) フランスの漫画
フランスにもオタクが、存在する。FNAC(フランスの大型書店チェーン)の漫画のコーナーに行くと、B.D.(BANDE DESSINEE)漫画売り場には、立ち読みならぬ座り込み読み(?)してる人をかなり見るし、年1,2回は日本漫画フェア週間があって、かなりの種類の、フランス語版になった日本の漫画やDVDが一挙に入荷、お得な価格になる。
とはいっても、(私は最近知った言葉なんだけど)アキバ系(っていうの?)みたいに特有のファッションをしてるわけではなくて、例えば、パリの流行のバーレストランで、普通にmojitoモヒート(キューバのカクテル)なんかを片手にキレイな子をくどいてる、ヴァカンスも日焼けも人生から欠かせないようなタイプが、実はずらっと自室に「オレンジ・ロード」のフランス語版全巻(ついでにDVDも)なんかを揃えてたりする。フランス人の多くは(何かしらを)蒐集癖があるので、凝りだすとすごい。
6年前にパリに住んでいた頃、オタクの友人達(でも、一緒にシャンゼリゼのサルサバーに繰り出したりもするタイプ)に日本フェアの手伝いを頼まれてちょっと参画して、初めてその規模(というか人数)に圧倒された。さすがにコスプレも登場していて、その表情だけは万国共通という感じ。
当時はジブリの作品すら全く観たことなかったけれど(トトロが流行った頃は、もうすっかり立派な大人だったので)、子供を介して(任期を終えて帰国された親切な研究者一家に貰った)トトロは暗誦出来るほどになったし、DVDは、フランスで買ったほうが安い!と知った(もちろん日本語切り替えOK)。<トトロだけは、今日現在、絶版になったまま>
FNACで20ユーロ以下で買える物が沢山あるし、フェアの時にはDVD2巻で25ユーロになったりするので、いいお土産にもなるし、通販もある。
ところで、3年前にムーミンのフランス版を出したいという話があって、義弟の友人が請け負っていた。予算も時間もないけどDVD記載用の日本での記事資料一式の翻訳が必要というので、訳者名記載と現物を数巻貰う条件で、1週間徹夜に近い状態で訳したのに、それっきり。店頭で販売されたのを見たけど、日本の製作者達のプロフィール紹介もなし(小さく製作者名だけ。フランス語版のみだし日本の作品とはわかりづらい)。…私はフランスのオタクたちのセレブになり損ねた。
2006年10月08日
TAPENADE オリーヴペースト
世界的大ベストセラーとなった、ピーター・メイルの『南仏プロヴァンスの12ヶ月』で、南仏料理は日本でもすっかりポピュラーになったから、知ってる人も多いと思うけど、南仏名物TAPENADE(オリーヴペースト)。オリーヴ好きにはたまらない(私もそう)。南仏料理のレストランで、料理を注文するかしないかのうちに運ばれてくる、アミューズというのか、お食事前のおつまみ。自宅でのお招きのときにも、食事前のAPERITIFアペリティフとして活躍する機会は多い。
一般的には、OLIVE NOIR 黒オリーヴとANCHOISアンチョビの組み合わせで有名だけど、家庭ではOLIVE VERT 緑オリーヴとTHON ツナ缶で、塩分控えめの柔らか味も。
これも、常備食材で出来てしまうので、不意の来客にも便利。
<作り方> ミキサーで、がーっと30秒、で出来上がり。テーブルに出す(陶器などの)容器に入れて、冷蔵庫で30分ほど冷やしておくと、より美味しい。
バゲットの薄切りトーストや、クラッカーにつけて、どうぞ。
辛口VIN BLANC白ワインとはもちろん相性がいいけれど、南仏気分を満喫するには、BANDOLあたりの甘味を押さえたVIN ROSEロゼとがお勧め。
2006年10月07日
VAS−Y! ところ変われば・・・
おとといの話になってしまうけれど、TVの夜のニュースを見ていたら、『三菱パジェロがスペイン語圏で名称変更』することにした、という。PAJEROパジェロというのは、スペイン語で『マスターベーションする奴』という意味を連想させるらしい。
せっかくなので、辞書で探してみた(だって、なんか気になるでしょ?)ら、PAJAROというのがそれらしい。でも、Jはスペイン語ではhの発音になるから『パハロ』・・・パリ・ダカールでも有名な、世界の三菱パジェロなのに、今まで誰も何も言わないでなんで今頃?という感じ。無料で、いい宣伝にはなるのかもしれない。
さて、この話は、別にフランス生活には全く影響ない出来事だけれど、この手の『聞き違い』『いい間違い』するととんでもない意味になってしまう言葉って、結構ある。それと、方言というのか、地方によってはとんでもない意味を持ってしまう言葉。
ここマルセイユでは、“Vas-y!”というのが、いけないらしい。本来は、「行け!」とか、「やれ!」という意味なのに、娼婦扱いする言葉になってしまう、という。夫が、公園で自転車を乱暴に運転している女の子の母親を咎めた時、このマダムが謝るどころか(フランス人は、まず、謝らないんだけど)キーキー捲くし立てたので、「もう、いいよ。話にならないよ。(子供の自転車も)好きにしてよ」のつもりで、Vas−yと言った途端、更に大ごとになった。ちょうど、そこに迎えに来た彼女のご主人が、いきさつを聞いて苦笑い。
「あなた、パリジャンでしょう?パリでは普通に使うけど、ここマルセイユではすごく下品な意味になるから、女性、特に人の奥さん相手に使っちゃまずいですよ」とのこと。
マルセイユに来るときには、覚えておいてね。
2006年10月06日
EAU MINERALE ミネラルウォーター
「フランスの水はいい!(良くなった)」とフランス人はかなり自信を持っていうけれど、かなりカルキが含まれているのは相変らずで、テフロンのお鍋で1回お湯を沸かしただけで、きっちりくっきり白いラインが残るのでよくわかる(昔の洗剤のCFにあった、Yシャツの“汚れの首輪”みたいなの)。浄水器も一応は探せば存在してるんだけれど(個人宅で見かけたことは、ない)、とにかく、水道水を信頼しきっていて(バクテリアはいないので大丈夫って)、あまり関心がないらしい。
フランス人の夫と『絶対に理解し得ない、“当たり前のこと“(育ってきた教育)の違いがある』と前にも書いたけど、そのひとつが“水”。私は日本にいた頃、フランス人はミネラルウォーターだけを飲んでるんだと思い込んでいたけれど、そうでもない。確かに来客時のテーブルにはミネラルウォーターの瓶が並ぶけれど、普段は水道水。カフェでだって、レストランでだって、仕事の会食なんかでなければCARAFE D’EAU(水差しに入れた水道水:これは無料です)を頼んでる人のほうが多い。
さすがに乳幼児には、小児科医から、市販のもの、とくにevianを勧められる(個人的にはNestreもお勧め)。離乳食にもずっとevianを使っていたものの、さすがに食べる量も増え、一緒のメニューを食べる機会が増えると、子供のだけでも消費量は1日2リットルになってきて、浄水器がどうしても欲しいと思ってDARTY(大型の電気店)へ。一番簡単なのは、ポット式浄水器BRITA。本体8000円ほど、ひと月毎に、中のカートリッジを差し替えるだけで、こちらも1000円以下。取り付け式の浄水器と比べたらただみたいなものだけど、まさしく『水はただ』で育っている夫には、意味の無い贅沢、としか思えない。水質での説得はもう無理(「君、セールスマンにだまされてるんじゃないのか?」と心配する、とかね)とわかっていたので、価値観が世界共通の(?)減価償却表で攻めてみた(市販の水を買うのとの比較。そうしたら、半年でゼロになって、後は得するのみ)。
そして、そんな理屈で固めた攻防の末に、やっと手に入れた小さな小さなポット式浄水器。それで淹れたエスプレッソを飲んだ途端、夫は目から鱗となったようで、後日、夫の実家で私のBRITA購入について批判(というほどでもないけど、こんなことまでご意見を頂戴する)が出たときは、私の替わりに美味しさをアピール。でも、「マルセイユの水はやっぱり悪いからだろうけど、パリのは大丈夫」でおしまい。・・・水信仰は、深い。
余談だけれど、私の行く化粧品店で、朝晩の水洗顔は避けたほうがいいと教わった。水道水で洗いすぎるのは肌に良くないそうで、夜は化粧落としもあるからいいけど、朝は水道の水で洗顔せずに、ミネラルウォーターのスプレーをして拭き取るのを勧められている。フランス滞在時には、試してみてね。
2006年10月05日
ATELIER DE PEINTURE 絵の教室
さて、子供の『お絵かき教室』が10月から再開。息子は入園したばかりなので、とりあえず火曜の夕方に通わせることにした(今のところ、月火木金の午前しか幼稚園に行かせていないので)。家から徒歩15分ほど。送り届けたら、私は近くのカフェテラスで過ごす。
ここは主に子供の教室で、年齢にかかわらず火木金の夕方または水土の午前中のいずれかを選べる(ちなみに中央上が、うちの3歳児の、今日の作品です)。
画材、絵筆、絵の具は好きなものを好きなだけ使わせてもらえて、筆遣い、筆の洗い方(水彩)などから、きちんと仕込まれる。
場所は、Metro Castellan地下鉄・カステランから徒歩5分ほど。料金は基本的には、1人1回16ユーロ。アトリエは木漏れ日一杯の中庭に面していて、とても気持ちいい。パリとはまた違った、南仏ならではの趣がある。
2006年10月04日
DESSIN NOIR 黒い『お絵かき』
日中はまだ陽射しが強いものの、朝晩はすっかり秋の冷え込みになった。それで、幼稚園に送っていくのに、今朝、久しぶりにローズピンクの上着をはおったら、息子が泣き出しそうな顔で嫌がった。『去年、幼稚園に行くのに、ママこれよく着てたから、あっちに連れて行かれるかと思ったよ』・・・実は、2歳のときに“幼稚園に入園(させたものの)すぐに中退(?)させた”経験がある。
フランスの学齢は1月1日から12月31日生まれで区切り、生まれ年の3年後の秋から3年保育に入園できる。今年は2003年生まれの子供達、息子も本来は入園はこの秋から、が正しい。でも、『飛び級』という特例があって、学校側さえ受け入れてくれれば、1年早く入れることも出来る。基準は、オムツが取れていて、先生とコミュニケーションがとれること。
“フランスの保育園は充実していて、女性も安心して働ける”と日本には伝わっているけれど、現実は保育園はどこも(働く女性が、妊娠中がわかった時点でキャンセル待ちを申し込んでも)満杯。実際には、自宅で預かるNOURRICEノーリス(保育ママ)や、祖父母がという例が多い。だから、産後育児休暇(子供が満3歳の時点で復職が条件)を利用した場合など特に、幼稚園に早く入れられるに越したことはない(早朝と夕方の延長保育もある)。フランスでは3歳未満の子供が参加できる公的活動がほとんどないから、通園は子供にとってもいいことだと思って、最寄ではないけれど受け入れてくれるという、午前中だけの幼稚園に入れた。
ところが、翌週には泣き叫んで嫌がるようになり、日に日にひどく怯えた様子になっていった。起きてる間は1時間置きぐらい、寝付いても一晩に10回近く飛び起きては、「お願い。明日は行きたくない」と泣きじゃくる(のはどう見ても尋常じゃなかった)ので、3週間目には、もうやめさせようと思ったけれど、フランスでは母親が日本のように全権任されてない。父親が(同等の権利)と意見を主張する。ついでに祖父母、親戚が一通り口を出すし、友人知人まで頼んでなくても議題に参加してくれる(?)こともしばしば。一番厄介なのは『ここはフランスなんだから00するのが正しい』と強制されるパターン。私のやり方、を『私個人』でなくて『日本人だからそう思うだけ』とされること。
けれど、ついに、学校で書いた絵を見て、何が何でもやめさせようと決心した。迎えに行くと、白い紙に延々とぐるぐると書きなぐられた黒いフェルトペンだけの絵を「ママ、プレゼント」と涙を溜めて差し出した。その日は、各自お母さんにあげる絵を描いたんだという。その前の週あたりから、家でのお絵かきも、黒ばかり選ぶようになっていて、気になっていた。絵の大好きな子で、2歳になる頃には、形はぐちゃぐちゃでも“ニンジン、キャベツ、かぼちゃ・・・”と、各色のかたまりを描けていたから、これは本当にこの子には辛くて耐えられない“何か”があるとしか思えなかった。世間からの批判は凄かった(甘やかし過ぎの母親だとか、来年もまたごねるだけだ、とか)けれど、これだけは譲れなかった。結果的に、例のPEDIATRE小児科のB先生に相談したら、彼女は全面的に私の判断に賛成で、「来年までは、通園は体力的に時期尚早」と診断書を書いてくれたので、丸く収まった。ここには書けないけれど、やめさせたら『黒いお絵かき』の原因もわかった。
さて、上の写真は、それから2ヵ月後にプレゼントしてくれたママの絵。
今年は、予定通りの一番近い幼稚園に入れた。どれくらい積極的に通っているかの様子は、既に書いているように、『朝、私を起こしてくれる』ほど。
2006年10月03日
FILM"LE PARFUM" 映画『香水』
フランスで大ベストセラーになった『LE PARFUM』が、映画になった。2005年製作だけれど、明日10月4日水曜から公開される(フランスは水曜日基点に上映映画が入れ替わる)。先週からはTVニュースでも盛んに取り上げていて、「この原作の深さ複雑さを映像にはできない」と批判的な声も多い一方で、9月14日から既に公開されている隣国ドイツでは、爆発的ヒットになっているというので、皆ワクワクそわそわしているところ。
フランス人で、映画が嫌いという人に会ったことがない。日常の話題のひとつだし、日本人の読書感覚に近い感じ(話題作は、とりあえず目を通しておきたい、というか)。原作本もあるなら、読んで観て、両方を楽しむという人も多い。(・・・そして、私は、『ダ・ヴィンチ コード』に続いて、又まだ原作も読み終わっていないので、焦っているところ。先に読んでないと、美味しさが半減するような思い込みがある)。ところで、この原作、18世紀のパリが舞台(とのこと)だし、周りのフランス人がこぞって話題にしていたから、著者もフランス人だと(昨日まで)思い込んでいた(普段はどちらかというとフランス・ドイツは相互批判的)。
ダスティンホフマンが出演しているからアメリカ映画かと思ったら、フランス・スペイン・ドイツの合作だった。ドイツでは既に公開って・・・??それで、初めて原作者がドイツの人だと知ったばかり。
『物語は、革命より半世紀前のフランス。主人公のJean-Baptiste GRENOUILLEは1744年に生まれ、孤独で、病気がちで、でも、類まれな才能“嗅覚”を持っていた。彼は“匂い“にしか興味がなかった、というよりその執着は凄まじかった。彼の人生は、その“嗅覚”によって導かれ、遂には、パリの調香の巨匠への弟子入りを果たし、その技術と製造の秘密を手に入れていく。そして、彼の匂いへの追求・探求は留まるところを知らず、ついに若い女性のもつ自然な香りが彼を惹きつけてやまなくなり・・・。』
この主人公の姓のGRENOUILLEって、“蛙”って意味なので、そこでもう既に(イメージが膨らみすぎて)気味が悪くて読まずにいたんだけど、映画にまでなるなら、やっぱりいい作品なのかもしれない。
日本での公開予定は知らないけれど、翻訳本は文芸春秋から「香水−ある人殺しの物語(パトリック・ジェースキント著)」が出ているようなので、良かったら覗いてみてね。
2006年10月02日
BERLIN bis. ベルリン;追記
ところで、今頃、ちょっと残念に思ってるのは、こんな近いのに(日本からに比べるとね)夫のベルリン出張に便乗しなかったこと(長男の幼稚園入園直後だったので、(スパルタ園長先生に)いきなり「旅行に行くのでお休みします」という勇気もなかったし、実はあんまり魅力を感じてなかった、というのが本音)。・・・でも、写真を見てみたら、ちょっといい街!
マルセイユからベルリンへの直行便はなくて、ルフトハンザのミュンヘン乗換え(が、パリ経由よりも早い)が一番早い。乗り継ぎ待ちは1時間弱だから、片道通算3時間半ほど。夫の話(と写真によると)ベルリンという街は、ヨーロッパの壮大さに近代化が加わって、心地よい時間が流れている感じがする。
ベルリンというと17年前の「ベルリンの壁崩壊」のニュース映像が強烈な印象として目に焼きついているだけに、まだそんなに近代化してるとは予想したこともなかったけれど、気候は南仏並みで、砂浜では思い思いのデッキチェアを並べたりして寝そべっていたり、なんだか(フランクフルトなんかのドイツ独特のイメージとは)全然違う写真ば
かり。ホテルの設えなんかも、ドイツというよりは南欧風というか、ラテン風というのか、面白い。今年はベルリンと東京で何かある年らしく(未確認)、地下鉄の側面にBERLIN-TOKYOと書かれている(ところで、写真下なんて四谷みたいでしょ?)。
世界中、日本人を見かけない土地はない(と、よくフランス人に「日本人の海外旅行への逞しさ」を感心される)けど、確かに世界最南端の南米の果てUSUAIAウシュアヤでさえ、50人ほどの年配の日本人ツアーとも遭遇したし、他国と陸続きじゃないだけに、一旦飛行機に乗ったら、なんだか出かけるついでに用事を一気に済ませる感じで、ちょっと足を伸ばすのは簡単な(国民性(?)の)はず。
なかなか、わざわざベルリン旅行を考える機会もないと思うので、写真をちらっとご紹介。欧州方面に用事のついでに1泊立ち寄るだけでも気持ちよさそう。

